技術顧問と語る 洋上風力発電の研究から社会実装への道のり(前編)


(左より、小長谷、大澤先生、見﨑)

レラテックは神戸大学発の「研究開発型ベンチャー企業」です。メンバーの多くは神戸大学大学院海事科学研究科で、気象工学が専門の大澤輝夫教授とともに研究を行っていたバックグラウンドをもっています。現在レラテックは、大学で得た経験とつながりを活かして事業活動を行っていますが、当時の指導教官だった大澤先生も技術顧問としてレラテックを学術的に支えています。

洋上風力発電がまだ日本で現実味を帯びていない時期から、研究を続けてこられた大澤先生に、これまでの洋上風力研究の歴史を振り返ってもらい、洋上風力発電のこれからについて、レラテックの代表小長谷と風況解析・シミュレーション担当の見﨑と語り合いました。


10年前は現実味がなかった、日本の洋上風力発電

――大澤先生が洋上風力の研究を始めたきっかけを教えてください。 

大澤 大学院時代の研究内容は今とまったく違って、熱帯の雨の研究をしていまして、バングラデシュに観測に行ったりしていました。博士号を取ったあと、岐阜大学で台風の高潮や高波、風の計算の数値シミュレーションを研究しました。2004年に神戸大学に着任しましたが、所属したところが海事科学部(現:海洋政策科学部)だったので、海に関する研究をしたいなと思いました。気象学と海を掛け合わせたテーマの中で、一番フィットするものが洋上風力発電だったのです。

小長谷 2004年というと、まだ洋上風力発電は日本では注目されていませんでしたよね。

大澤 そのとおりです。研究を始めた当初は、「洋上風力発電の研究って何ですか」と誰もが首をかしげるような状況でした。研究をしていた人が日本にまったくいなかったわけではないのですが、実際に実現するのまだまだ遠い先の話だろうという感じでした。

日本は海が深いので建設が大変ですし、台風や津波や地震もあります。さらに、洋上風力発電が発達しているヨーロッパに比べて風も弱い。「ないないづくし」です。当時、日本で洋上風力発電を実現できると本気で考えている人は、非常に少なかったと思います。

小長谷 私が再生可能エネルギーに興味をもったのは2007年です。「地球温暖化のために何ができるか」というテーマの懸賞論文の募集があって、それに応募したことがきっかけです。日本国内で利用できる再エネは何かと検討し、そのときは洋上風力ではなく地熱について書きました。

以来、再エネについて興味をもち続けていたのですが、その後ヨーロッパに滞在したことで、洋上風力に注目するようになりました。ヨーロッパでは、気候変動問題が日本よりもクローズアップされていたんですね。いろいろな人の話を聞くうちに、日本ではまだ注目されていない洋上風力の可能性に気づいたのです。それを修論のテーマにしました。

大澤 小長谷さんが筑波大学で修論を書いたのが2010年ですね。そのときもまだ認知度は低かったですよね。

小長谷 はい。気象分野の研究者でも、洋上風力発電の認知度はまだまだ低い印象でした。

見﨑 私が大澤先生の研究室に配属されたのは2012年。当時はまだ大学4年生で、見識不足ということもありましたが、「洋上風力発電を研究」と言われても、全くピンとこなかったのを覚えています。もちろん、その言葉自体は聞いたことがあったのですが、現実味がありませんでした。こうやって振り返ってみると、この10年で、洋上風力の世間的な認知度はずいぶん上がってきたんだなと、改めて感じました。

大澤 そうですね。今は日本でも再エネの議論が盛んになってきて、洋上風力発電という言葉も新聞やネットの記事に載るくらいには一般的になりました。私もやたらと忙しくなりましたし(笑)。時代の流れと自分の研究者人生が重なって、うまく波に乗れたという感じがしています。

――洋上風力の需要が高まることを見越して、研究を始めたのでしょうか?

大澤 特に戦略的に狙って始めたわけではありません。たまたま、環境がそうさせたのかもしれませんね。神戸大学に来て、海と風力と気象という3点の要素がそろったときに、自分のライフスタイルとして洋上風力をやっていきたいと考えました。

この神戸大の海洋政策科学部は、キャンパスの中に港があり、大学が船を所有しているという非常にめずらしい学部です。海の波や色は毎日変化するのですが、それを見ながら洋上風力の研究ができるのは、とてもめぐまれた環境にいると思います。


日本ならではの課題に学術的に取り組んでいく

――現在の風力発電業界について、大澤先生が感じていることを教えてください。

大澤 今は業界に追い風が吹いています。東日本大震災で原発事故が起きて以来、再生可能エネルギーに注目が集まるようになりました。それに加えて、一昨年、菅元首相がカーボンニュートラル宣言を行って、一気に世の中が変わったように思います。

日本全体を見てみても、エネルギーのレジームが大きく変化したように感じます。自動車会社が電気自動車やハイブリッド車に力を入れて、石油会社も再エネのコマーシャルをやっていますよね。風力を研究してきた身としては、面白い時代になりそうだなと思うと同時に、環境への配慮を考えたエネルギーを開発する方向にみんなが動き始めたような、こういう時代になってよかったと本当にうれしく感じています。

ただし、今はある意味バブルみたいな状態であるのも確かです。あまり浮かれすぎるのもよくありません。というのも、風力が注目され始めたからといって、日本の風が強く吹くようになったわけでもないですし、日本の地形が変わって発電所を建てやすくなったわけでもないからです。

日本の深い海の上に風車を建てるには、浮体式といって、浮かべた浮体の上に風車を建てる必要があり、コストがかかります。その「コストをどこまで下げられるか」が、今後の日本の洋上風力の発展のキーになってくると思います。

また、風が強いところを狙って風車を導入しないと建設コストを回収できません。だからこそ、レラテックが行う風況調査事業は重要です。気象の基礎的な研究をさらに発展させて、学術と産業が連携しながら進めていく必要があると思っています。

後編に続く