デンマークは、グリーン・エネルギー分野において世界の最先端を走ってきました。その主軸となるのが風力発電です。陸上風力発電の普及に加え、1991年には世界初の商業用洋上風力発電所も建設されました。
2020年には、国内の電力総消費量の46%以上が風力発電でまかなわれています。
デンマークはどのようにしてクリーンエネルギーの先進国になれたのでしょうか。そして、日本の風力発電業界はこれからどう発展していくのでしょうか。デンマーク大使館の商務官(環境・エネルギー担当)である田中いずみさんとレラテックのメンバーが、東京・渋谷にあるデンマーク大使館で語り合いました。
国内だけでなく国外にも再エネの技術を活かすデンマーク
――田中さんはデンマーク大使館の商務官として、どのようなお仕事をされているのでしょうか?
田中 日本との交流を通して、デンマークの経済発展の促進を図る仕事をしています。例えば、デンマーク企業の日本進出を助けたり、既に日本に進出しているデンマーク企業に対して事業拡大のお手伝いをしたりします。また、日本とデンマークの経済協力について、政策対話を行うこともあります。商務官にはそれぞれ担当分野がありますが、私の担当はエネルギー・環境分野です。日本ではまだ普及していない、デンマークの再生エネルギー技術などを紹介していくことも大切な仕事のひとつです。環境や再生エネルギーに興味をもっている日本の事業者にデンマークの事例を紹介することで、デンマークの企業が進出するための足場を作ることにもつながります。
小長谷 今年(2022年)の3月には「日本・デンマーク間のエネルギー協力覚書」が締結されましたね。
田中 はい。日本の経済産業省とデンマーク王国エネルギー・ユーティリティ・気候省によって締結されました。これからデンマークは、今まで以上に日本との協力関係を強化していきます。特に洋上風力発電の知識や技術を共有し、日本の風力発電の発展、および再生可能エネルギーの大量導入を可能とするエネルギーシステムの構築をサポートしていきます。
実はデンマークがこのような覚書を結んだのは、日本で19か国目です。デンマークは人口590万人ほどの国ですから、二酸化炭素の排出量も多くはありません。ですから、自国だけで温暖化ガスの排出削減に取り組んでも、地球環境へ良い影響を与えることはできないのです。デンマークとしては、他の国と協力関係を結び、これまで国内で培ってきた技術と経験を共有することで、温暖化ガスの削減に貢献したいという思いがあります。
――今の日本のエネルギー業界をどのように見ていますか?
田中 2020年10月に日本政府が「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表したことで、人々の意識が大きく変わったと思います。これを機に脱炭素への取り組みが本格化しました。さまざまな企業が真剣に取り組むようになって、エネルギーに興味を持つ人の人口も大幅に増加したと感じます。この分野に長く携わってきたので、現在の状況は喜ばしい限りです。
小長谷 風力やエネルギーについて、これまであまり関わりのなかった企業も多く参入してきて、プレイヤーの裾野が広がりましたね。この業界に長く携わってきた立場からすると、宣言の前から風力業界はわりと盛り上がっていると思っていました。しかし宣言後の盛り上がりを見てあれはまだまだだったんだなと実感しました。
田中 日本風力発電協会の会員者数も宣言後に約500社と大きく増えています。
見﨑 デンマークは2011年に「2050年エネルギー戦略」を公表して、2050年までに完全に化石燃料から脱却することを示しました。宣言後のデンマークはどのように変わったのでしょうか。これからの日本を考えるうえで、デンマークの事例をお伺いしたいと思いました。
田中 デンマークの場合は「2050年エネルギー戦略」が出される前にも、2009年のCOP19(第15回気候変動枠組条約締約国会議)で議長国を務め、高い目標を掲げていました。ですから、日本ほどの大きなインパクトはなかったと思います。ただ、国が2050年という長期の目標を打ち出したことによって、安心して温暖化対策に投資できるようになったと企業の方が話しているのを聞きました。日本でも2050年までの目標が宣言されたことで、同じように温暖化対策への投資や業界に参入するきっかけができるのではと思っています。
デンマークの海洋空間計画
――デンマークと比べた今の日本の課題は何でしょうか。
田中 洋上風力に関してはゾーニング(*)が国主体ではなく、地方自治体が主体になっていることが挙げられると思います。地方自治体が主導することが悪いわけではないのですが、他国に比べると、どうしてもプロジェクトの規模が小さくなってしまいます。
※ゾーニング
法的規制・生態系等の環境面、地域理解等の社会面、施工環境等の事業性を総合的に評価して、環境保全を優先すべきエリア、風力発電導入が可能なエリア等に分けること。
小長谷 秋田県の由利本荘市沖に計画されている発電所の規模は780MWですが、300とか400とかの小規模の発電所が多いですよね。一方他国を見ると1000MWの発電所も出てきています。
田中 デンマークでは政府のエネルギー合意の中で、2018年から2020年の間に少なくとも3か所に2GWの発電所を導入すると決めています。それは政府主体の海洋空間計画がベースになっています。日本もこれから集中管理していく方法を検討していくと思いますが、現状、これは課題のひとつだと思います。デンマークでは発電所の候補について地域の人たちの声を早い段階で吸い上げて、海洋空間計画に組み込む。そのうえで国が主導して適地を定義していく、というやり方をしています。
余剰電力を無駄にしない、デンマークの地域熱供給システム
――2020年、風力発電と太陽光発電を足したデンマークの発電量は、全体の電力消費の50%を超えました。発電量の変動が大きいエネルギー源で、ここまでシェアを伸ばすことができた理由は何でしょうか。
田中 大きな理由として、電力だけでバランスを取ろうとするのではなく、熱、ガス、ガソリンといった、他のエネルギー媒体と合わせて包括的に運用していくシステムが挙げられます。例えば熱に関していえば、デンマークでは給湯や暖房のための温水を断熱パイプで運ぶ、地域熱供給システムが活用されています。これは工場や廃棄物からの排熱、ごみ焼却炉の熱なども活用しながら、必要なときに必要な場所に熱を供給して、住宅の暖房や給湯に用いることができるシステムです。風力発電で発生した余剰電力も温水に変えてしまえば、無駄なくエネルギーとして活用できます。
見﨑 余剰電力ですが、風力発電は時間帯や風の強さによって得られる電力が、供給より多くなるときがありますよね。その変動をどうするか。近隣の国へ電力を輸出するという方法もありそうですが、ヨーロッパのように風力発電が盛んな地域では、発電量が余剰になるタイミングが重なってきます。例えばデンマークで風が吹いていたら、ドイツの北の方でも風が吹いているので、輸出はなかなか難しいところがあるかなと思います。
田中 風力発電や太陽光発電の最大の課題は、出力を調整できないことです。余剰電力を電池に貯めることもできますが、地域熱供給システムは電池の代わりを担うことができます。電気を使って温水を作り、それを大きな断熱タンクや池のような蓄熱曹に溜めることによってコストをかなり抑えられます。その温水を必要なときに地域熱として供給していくことで、ある意味、このシステムが電池の役割を果たすのです。地域熱供給に関しては、デンマークでは1903年から取り組まれてきましたが、風力発電や太陽光発電のような変動が多い再生可能エネルギーの調節弁としても、有効なシステムです。
小長谷 確かに、エネルギーシステムを包括的に捉えた仕組みが日本に普及できれば、再生可能エネルギーの導入がさらに進めやすくなりますよね。
*鼎談は十分な距離を取り行っています。マスクは撮影時のみ外しています。
(構成/寒竹泉美 編集/佐々木久枝)