神戸大学発の「研究開発型ベンチャー」であるレラテックは、学術と産業の架け橋になるべく活動しています。2050年のカーボンニュートラルの達成に向け、風力発電が担う役割は大きいものの、欧州市場と比較すると業界としてはいまだ発展途上です。
そこで今回は、神戸大学海事科学研究科 教授の大澤輝夫先生(風況分野・レラテック技術顧問)と、助教の藤原泰先生(海象分野)をお招きし、レラテック兼神戸大学学術研究員である小長谷と見﨑の4人で座談会を行いました。テーマは「日本における洋上風力発電の研究の現状と課題、産官学連携の重要性」。レラテックメディアではその内容を前編・後編の2本立てでお届けします。
2025年最新版・洋上風力発電に係る神戸大学およびレラテックの研究動向
沖合の乱流強度を測定するための研究(風況)
大澤:現在日本では、洋上風力発電の開発を排他的経済水域(EEZ)まで開発海域を広げようという動きがあります。課題は、陸から数百キロも離れた海域で風をどのように観測するのかという点です。

出典:海上保安庁ホームページ (https://www1.kaiho.mlit.go.jp/ryokai/ryokai_setsuzoku.html)
ヨーロッパではフローティングライダーでの観測が進んでおり、Offshore Wind Accelerator (OWA)はその国際的な標準化を進めています。しかし、日本のような台風が多発する地域や太平洋の広大な海域に、このヨーロッパの基準をそのまま適応することは難しいです。
現在、私たちの研究室では、フローティングライダーを使った観測の課題の中でも、特に乱流強度についての研究をしています。乱流強度が高い海域では、それに耐えうる風車が必要ですが、フローティングライダーで乱流強度を正確に測定する技術はまだ十分ではありません。
この技術確立のため、「海上で揺れる鉛直ライダーの観測値を、固定した鉛直ライダーの観測値に近づけるアルゴリズムの開発」「鉛直ライダーの観測値を業界標準のカップ風速計の観測値に変換するアルゴリズムの開発」の二つに取り組んでいます。

(黒線:63m マスト風速計、赤線:固定ライダー、薄青線:各フローティングライダー動揺補正なし、青線:各フローティングライダーメーカー標準補正あり) 出典:風力発電等導入 支援事業着床式洋上ウィンドファーム開発支援事業 着床式洋上ウィンドファーム開発支援事業(洋上風況調査手法の確立),2019 年度~2022 年度成果報告書,1.2.IV-42,2023年
波と風の相互作用の研究(海象)
藤原:私の研究の中心は、大気海洋相互作用における波、いわゆる「波浪」の役割を探ることです。波浪は風に従属するだけではなく、風の状況を変えたり、海面水温などの海の状況を変えたりすることで風の挙動に影響を与えるなど、風や海洋環境に作用することもあります。

このようなプロセスには未解明点が多く、それらを解明し海象・気象の予測精度向上につなげるべく、数値シミュレーションを中心とした基礎研究に取り組んでいます。
波による風や海流の変化やその相互作用についての基礎研究を進める一方で、最近では、応用研究や実際の開発現場と関わる機会も増えています。洋上風力発電に関連する研究では、神戸大学の学生たちと共に、波浪の観測データを解析したり、波浪の予測精度を高めるために最新のシミュレーション技術の性能を評価したりしています。
こうした基礎研究と応用研究を橋渡しするような研究を今後は進めていこうと考えています。
産学連携のもと、より現場に直結した研究開発
見﨑:神戸大学でのこれらの研究に並行して、レラテックでは、より応用的に、風況調査における現場での課題解決に直接アプローチしています。直近では、フローティングライダーなどの新しい調査手法に関する研究開発が急務です。
例えば、風況観測機器の設置場所選びは重要な課題であり、ガイドラインでは大枠の指針が示されてはいるものの、具体的な指示については明確な記載がありません。この点について、発電事業者からのご相談も多くいただきます。観測方法や設置場所選定の具体的な提案や、その妥当性の検証を今後は進めていきたいです。

小長谷:浮体式洋上風力発電の導入支援は、レラテックの中長期的な目標の一つに掲げており、関連した研究開発にも注力したいと考えています。大澤先生がお話しされた、フローティングライダーの補正手法の研究も重要なテーマの一つです。
開発された観測手法や技術は、現場で運用をすると新たな課題が次々と見えてきます。洋上風況観測ガイドブック(2023年発行)で技術確立されたデュアルスキャニングライダー観測も、まだ多くの課題が指摘されており、風力エネルギー利用シンポジウム(※1)でもその補正手法や精度検証方法など多くの議論がありました。
このように課題が具体化するたび、新たな研究テーマも浮かび上がってくるでしょう。多様な観測技術の可能性に注目しながら、それらに実務面で対応しつつ、より効果的な提案をすることが今後の私たちの役割だと考えています。
※1 風力エネルギー利用シンポジウム
2024年11月28日・29日に開催された第46回風力エネルギー利用シンポジウムを指す
レラテックメンバーのシンポジウム参加レポートはこちら
日本特有の気象条件から生まれる課題
大澤:風況分野では、風車に当たった風がその後ろで乱れたり、風速が低下したりするウェイクの研究が注目の話題です。洋上では風車ウェイクの影響が大きく、いかにウィンドファーム全体として発電量を最大化し、ウェイク乱流による荷重を減らせるかの検討が、陸上に比べて難しくなります。

出典:Camille Dubreuil-B, Knut Sponheim Seim, Ensemble methods for wake parameter calibration. 2021,
Wind Europe Technology Workshop 2021
日本周辺は黒潮や対馬暖流といった海流の影響で、大気が不安定で、乱れが大きくなります。このような環境下では、欧州の北海などに比べてウェイクが消えやすい可能性がある一方で、日本にはまだ大規模なウィンドファームがなく、こうした影響を実際に観測する機会が限られています。
先日のシンポジウムでも関連研究が多く発表され、ウェイクの影響を正確に評価し、日本の気候に適した風車の配置を考えることが議論の中心となっていました。今後5年から10年の間で、私たちの研究室でも、ウェイクの影響をどう考慮するかという方向に研究がシフトしていく可能性が高まりそうです。

さらに、台風の影響も大きな課題です。日本の場合は台風に耐えられる設計が求められる一方で、普段の風速がヨーロッパに比べて弱く、「極値的に、強い台風に耐えられる強度の確保」と「弱い風の中で、通常時にどうやって発電量を稼ぐのか」という、相反する条件を両立させなければなりません。強度を上げればコストがかさみ、費用対効果という観点からもかなり難しい課題です。
藤原:海象分野でも、日本近海特有の海流の影響は大きいですね。根本的に難しいのは、岸から遠く離れた外洋の正確な測定です。風と比べて海の観測は難易度が高く、例えば、人工衛星を活用した場合、衛星の観測頻度はそれほど高くなく、観測可能な空間解像度も限られているため、より詳細な情報を高頻度で得たい場合には不十分です。
代替手段として、シミュレーションによる波浪や海洋の解析もありますが、精度の評価が難しいのが現状です。これは世界共通の課題だと思います。


(NEDO 海洋エネルギーポータルサイトを使用してレラテックが作成)
また、日本近海では、異なる温度を持つ海流がぶつかり合い、急激に温度が変化する「海洋前線」という現象が頻繁に発生します。このような環境では、大気と海洋の相互作用が他の海域と大きく異なり、さらに複雑です。
この環境下で、波浪および海洋シミュレーションを行う場合、シミュレーション自体の不確実性が大きな課題です。そもそも現在の技術で得られるシミュレーションの精度が、洋上風力発電の運用目的に十分かどうかも明確ではありません。現場観測を行い、その結果を評価しなければわからない部分が多いのです。
このような日本近海の特異な環境は、課題がある一方で、非常に興味深い研究対象でもあります。この海域の特徴をどう捉え、洋上風力発電の設計や運用に活かしていけるかが重要ですね。
共通基盤を作り、技術開発の発展を促すためにもデータ公開は必須
見﨑:研究結果を活かす実務的な面での難しさは、いかにスピーディーに結果を出し、それを発表するかという点です。風況でも海象でも、観測データは一番大切なデータであり、それをどう公開するかは重要です。
しかし、観測データはほとんどの場合、特定のプロジェクトや案件用に収集されるため、公開が前提でないことが多く、研究発表での利用も制限されている場合があります。実案件のデータの公開はより困難で、せっかく研究しても社内でしか共有できないことも多いんです。
風力発電業界は裾野が広く、利害関係者が多岐にわたるため、観測データの利用についての確認や調整、それに関わる多くの関係者との連携が不可欠です。
大澤:データの不足は、日本が抱える根本的な問題ですね。日本では利用可能な洋上風況観測データが極端に少なく、国が関わるプロジェクトでも、データがプロジェクトを受託した企業や組織の中でクローズしてしまうことが多い。日本ではデータが「高価な資産」として扱われてしまう風潮がありますね。
一方、ヨーロッパではデータを共有する仕組みが進んでいます。ドイツではFINOという洋上研究プラットフォームで、100メートル級の風況観測マストを北海やバルト海に建設し、得られたデータを無償で一般公開してきました。世界中の研究者や事業者が自由に活用できる共通基盤があることで、国際的な技術開発が進んでいるんです。
最近では日本でも少しずつ、共有の重要性が認識され始め、むつ小川原洋上風況観測試験サイトの取り組みなど、観測データをオープンにする動きも出てきています。ですが、それ以外の観測データ公開については、依然として進んでいません。この点が日本の洋上風力発電の進展を阻む課題の一つだと感じています。

藤原: データの不足や公開の課題は、海象分野でも同様ですね。データの取得に関しては、漁業関係者との利害調整も大切です。日本では、水産業が重要な産業として根付いているため、海での観測では漁業関係者との交渉が必要不可欠になります。
漁業者の方々からは観測機器の設置による漁業への影響について、心配の声をよくいただきます。私は直接その調整に携わってはいませんが、沿岸海洋学の分野では、長い歴史の中で、こうした懸念への相互理解や利害調整に奔走されてきたと聞きます。
最近では、海洋シミュレーション技術が大幅に進歩し、より高解像度で現実的なモデルが可能になり、陸地の近くの海域の動きをかなり精密に再現できるようになってきています。しかし、シミュレーションの精度を支えるためには、沿岸部のデータが必須。観測活動を進める上で、漁業者の方々を含む利害関係者の皆さんに対しても利益があることをしっかりと説明し、信頼関係やウィンウィンな関係性を築くことが大切だと考えています。

(後編へ続く:後編では、「洋上風力市場を加速させる産官学の連携のあり方」をテーマに語ります)

レラテックでは風況コンサルタントとして、風力発電のための「観測」と「推定」を複合的に用いた、最適な風況調査を実施いたします。
参考文献
海上保安庁, 管轄海域情報〜日本の領海〜, 日本の領海等概念図
https://www1.kaiho.mlit.go.jp/ryokai/ryokai_setsuzoku.html
Offshore Wind Accelerator
https://www.carbontrust.com/en-as/our-work-and-impact/impact-stories/offshore-wind-accelerator-owa
国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(委託先)国立研究開発法人産業技術総合研究所、国立大学法人神戸大学、一般財団法人日本海事協会、イー・アンド・イー ソリューションズ株式会社、日本気象株式会社, 風力発電等導入 支援事業着床式洋上ウィンドファーム開発支援事業 着床式洋上ウィンドファーム開発支援事業(洋上風況調査手法の確立),2019 年度~2022 年度成果報告書,1.2.IV-42,2023年
NEDO, 洋上風況観測ガイドブック, 2023年6月23日,
https://www.nedo.go.jp/library/fuukyou_kansoku_guidebook.html
Camille Dubreuil-B, Knut Sponheim Seim, Ensemble methods for wake parameter calibration. 2021, Wind Europe Technology Workshop 2021
NEDO, 海洋エネルギーポータルサイト
http://www.todaiww3.k.u-tokyo.ac.jp/nedo_p/jp/
FINO
https://www.bsh.de/EN/TOPICS/Monitoring_systems/MARNET_monitoring_network/FINO/fino_node.html
むつ小川原洋上風況観測試験サイト
https://mo-testsite.com