2023年4月、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)により、国内初となる「洋上風況観測ガイドブック」が公開されました。

このガイドブックでは、洋上風力発電所の事業計画や風車設計のために必須である風況調査について必要な情報が具体的にまとめられています。みなさんに有効活用をしてもらうためにも、風況コンサルタントの視点からレラテックがポイントを解説します。

国内外の最新の知見も交えながらまとめられた「洋上風況観測ガイドブック」。レラテックのメンバーは前述のNEDO事業に実施業者として関わっており、ガイドブックの作成にも協力しています。

前編では、本ガイドブックの概要と注目したいポイントの①〜③についてご紹介しました。後編では、続きである④および⑤、そしてガイドブックを活用する際に注意したい点についてお話しします。

注目すべきガイドブックのポイント5つー④⑤

④事前精度検証の方法を明記

風況観測を行う前には、観測機器の精度が基準を満たしているかを事前に検証する必要があります。

観測の不確実性を低くし、信頼性を高めるために、ライダー機器を含めた事前検証を行うことが欧州では一般的です。特に、デュアルスキャニングライダー(DSL)観測はユーザーの設定等によって精度が異なることが想定されるため、事前検証は重要な手順です。

ガイドブックの付属書B(p.47)では、DSLとシングルスキャニングライダー(SSL)について、風況マストの観測データを用いて精度を検証する方法が記載されました。

図1 DSLの精度検証事例と参照すべき閾値(参考文献2)

しかしこの項目では、実際にどのようなサイト(観測地)で事前精度検証を行えばよいのかまでは示されていません。

自前で検証サイトを用意するには、サイトを整備するための費用が発生するだけでなく、サイト自身の妥当性を示す必要が生じ、事前精度検証の高いハードルになり得ます。

現在レラテックは、NEDO事業により神戸大学や日本気象協会とともに、青森県むつ小川原港における事前検証サイトを整備しています (参考文献2,3)。

誰でも使えるサイトとして一般公開していますので、ぜひ積極的に活用してください。(近日中にHP公開予定)

図2 テストサイトとして開放されている青森県むつ小川原サイト

⑤有効データ率とデータ欠損期間の補完方法

年間の観測を実施する際には、一定以上の正常な有効データが取得できなければ、正しい評価が行えません。そのため取得すべき有効データの閾値が、既存のガイドライン等(参考文献4など)を参照した上で、ガイドブック(p.34)に示されています。

例えば、レーザーを空気中の塵に当て反射させることで風の速さを測定するドップラーライダーを使った観測では、天候により観測値が欠損する期間が発生することがあります。空気が非常に澄んでいる場合には、レーザーが反射せずに素通りして風が測れず、また雨、雪、霧がある時は、レーザーが乱反射してデータを取得できません。

また、フローティングライダーシステム(FLS)ではメンテナンス等により欠測期間が生じることも想定されます。

このようにさまざまな要因により、データが欠損した期間や異常値がある場合には、風況マスト(MM)などの観測データを用いて補完する手法があります。

ガイドブックでは、その具体的な方法として、Measure-Correlate-Predict(MCP)法やダブルバイアス修正を用いた方法など(p.35)を挙げ、参考文献を示しています。また、その補完方法を用いる際の許容基準(回帰式の決定係数など)も記載しています。 

図3 MCP法による観測値補完のイメージ

一点留意したいのは、ガイドブックにあるこれら基準は「参考にすべき値」であり、ウィンドファーム認証等において求められる基準とは必ずしも「同等ではないこと」があります。

ガイドブックではカバーされていない4つの課題

本ガイドブックはFLSに必要な許認可の取得から、SLの設置方法まで示され、これから洋上風況調査を始める人にもわかりやすい一冊になっています。ただ、カバーしきれていない項目もあります。

今後のアップデートの期待をこめて、現状ではカバーされていない気になる課題点をピックアップしてみました。

①沖合の風況調査手法

ガイドブックでは、DSLが唯一のライダーによる乱流強度の観測手法として推奨されていますが、実際、浮体式洋上風力が期待される沖合の風況調査ではDSLは対応できません。

SLのレーザー照射範囲は長いもので10kmとされており、データ取得率の観点から、安定的に観測が行える範囲は約4〜5kmと考えられます。つまり、海岸線からDSLで観測できる範囲では、水深が浅い海域(着床式洋上風力)しかカバーできないことになるのです。

解説③に記載した通り、FLSを用いた乱流強度の計測については、現状では十分な技術成果が得られていないため、本ガイドブックには記載されていません。しかし、既にFLSによる乱流強度計測の研究成果(例えば、参考文献5〜9など)は報告されています。

今後、FLS観測による乱流強度計測に係る研究を推し進めることで、沖合の風況調査手法についての情報が追加されることを期待します。

図4 沖合の観測イメージ

②DSL観測における、さらなる検証

ガイドブックでは、乱流強度を含む洋上風況の観測手法として、DSL観測を推奨していました。しかし、DSL観測は乱流強度を計測できる完璧なツールではなく、風況マスト(カップ風速計、ベーン風向計)と同等に扱うには、まだ技術的に解決していない部分があることを理解する必要があります。

例えば、ガイドブックで「レンジゲートの長さにより、風速標準偏差が過小評価される可能性がある」と記載されているように、機器側の設定値によって計測精度がどのように変わるのかを把握する必要があります。

また、風速標準偏差の精度(5%以下;ガイドブックp.47)や視線の仰角(5度未満;同p.18)のように、推奨事項として記載された閾値や基準値についても、技術的な根拠となる精度検証をもとにアップデートすることが求められます。

欧州では Joint Industry Project(JIP) 方式による技術開発が行われており、ライダーによる乱流強度測定に関する取組も実施されています(例えば、参考文献10など)。この事例では、風車荷重を踏まえて、ライダー機器による乱流強度の精度基準が議論されています。

日本では、既にDSL観測による乱流強度測定が取り入れられたこともあり、上記のような課題に対して、JIP方式を例としたスピード感のある研究開発で取組む必要があると考えます。 

図5 ライダー機器等を用いた乱流強度測定に関する分析結果(参考文献10)
縦軸は基準(カップ風速計)に対する各測定方式による相対誤差を示す。

③発電量評価のための観測方法

風力発電所建設のための風況調査では、「風条件評価(風車設計評価)」と「発電量評価」を行います。

「風条件評価」は、風車設計に必要となる風パラメータを導き出すもので、認証取得のガイドラインを満たす手法が求められます。ガイドブックでは、この認証取得を目的とした内容をメインで紹介しています。

一方、「発電量評価」を実施するための、風況観測で重要になるポイントや不確実性評価の考え方などについては記載されていません。

このガイドブックを利用した風況観測が増えることで、今後は風力関係者のあらゆる現場の意見が取り入れられアップデートされていくことを期待しています。

④基準の検証と見直し

解説②で記載したように、ガイドブックで明示された基準は、観測現場の実態と精度担保の両面から検証を行い、見直しを行う必要があるかもしれません。

実際、「DSLなどの設置基準が厳しすぎて、実態に合っていないのではないか」という現場の声も耳にしますので、基準自体は今後の研究開発を経てアップデートされる余地があると考えます。

例えば、ガイドブック(p.11)に記載されている「代表半径(観測地点が代表する範囲で、計画風車を全て含むように設定する)」についても、まだ議論の余地がありそうです。ガイドブックでは、”陸上平坦地形の基準と同じ10kmが洋上の代表半径”と記載されていますが、これを基準にすると海岸線方向に長く広がる海域や、広大な洋上ファームを計画したときに非常に多い観測点が必要となり、現実的にはかなり厳しい風況観測が求められてしまいます。

海外では洋上の代表半径に関するガイドラインやスタンダードがないこともふまえて、さらなる検討が必要と考えられます。

図6 風車配置と観測点における代表半径のイメージ(平坦地形、洋上)

植田ほか(2022)(参考文献10)には、作成者視点からガイドブックの紹介が記載されていますので、参考にしていただければと思います。

今回発表されたのは、洋上風況観測の推奨方法をとりまとめた技術ガイドブックです。ガイドラインのように、記載内容を守ればウィンドファーム認証が必ず通るものではありません。さらに、発電量評価の面ではバンカブルな扱いができるわけではないことにも留意する必要があります。

とはいえ、精度の高い観測が行えるよう、あらゆる観測項目について明確な基準が示されたことは、国内の風力業界にとって大きな前進だと感じています。

今後、さまざまな知見が集まり、情報がアップデートされていくことで、より実務的なガイドブックの作成に繋がることでしょう。本ガイドブックの発行を機に、洋上風力発電がますます盛り上がっていくことを期待しています。

参考文献
  1. NEDO, 洋上風況観測ガイドブック, 2023,
    https://www.nedo.go.jp/library/fuukyou_kansoku_guidebook.html
    神戸大学むつ小川原洋上風況観測試験サイト,
    https://www.lab.kobe-u.ac.jp/gmsc-airsea/mutsu/
  2. 小長谷瑞木, 大澤輝夫, 嶋田進, 内山将吾,川本和宏, ライダー観測における事前検証の必要性とむつ小川原サイトにおける洋上研究プラットフォーム化の検討, 第44 回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, pp.124-127, 2022.
  3. Carbon Trust, OWA Roadmap for the Commercial Acceptance of Floating LiDAR Technology, 2018.
  4. 内山将吾, 大澤 輝夫, 麻生裕司, 小長谷瑞木, 見﨑豪之, 荒木龍蔵, 濵田 康平, むつ小川原サイトにおけるフローティングライダーの精度特性の把握, 第 44 回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, pp.120-123, 2022.
  5. 浅倉奨之, 大澤 輝夫, 麻生裕司, フローティングライダー性能評価のための陸上動揺実験(その2), 第44 回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, pp.116-119, 2022.
  6. 藤本冬馬, 大澤輝夫, 小長谷瑞木, 見﨑豪之, 濵田康平, 沿岸サイトにおける鉛直ライダーの観測特性, 第44 回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, pp.132-135, 2022.
  7. Moreno M. A., Bellanco M. J., Aghabi, R., EOLOS FLS200 Test Case: accuracy and sensitivity analysis of the three-second gust and turbulence intensity when compared to an offshore met mast. Wind EUROPE OFFSHORE 2019, 2019, .
  8. Kelberlau, F., Neshaug, V., Lønseth, L., Bracchi, T., Mann, J. Taking the Motion out of Floating Lidar: Turbulence Intensity Estimates with a Continuous-Wave Wind Lidar. Remote Sens. 2020, 12, 898.
    https://doi.org/10.3390/rs12050898
  9. St. Pé, Alexandra, Weyer, Ellie, Campbell, Iain, Arntsen, Alexandra E., Kondabala, Nikhil, Mibus, Marcel, Coulombe-Pontbriand, Philippe, Black , Andrew H., Parker, Zach, Swytink-Binnema, Nigel, Jolin, Nicolas, Goudeau, Barrett T., Meklenborg Miltersen Slot, René, Svenningsen, Lasse, Lee, Joseph C. Y., Debnath, Mithu, Wylie, Scott, Apgar, Dale, Fric, Thomas, … Matthew Meyers. (2021). CFARS Site Suitability Initiative: An Open Source Approach to Evaluate the Performance of Remote Sensing Device (RSD) Turbulence Intensity Measurements & Accelerate Industry Adoption of RSDs for Turbine Suitability Assessment. Zenodo. https://doi.org/10.5281/zenodo.5529750 
  10. 植田祐子, 岩下智也, 日置史紀, 今村博, NEDO 洋上風況観測ガイドブックの紹介, 第44回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, pp.136-139, 2022.

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