本稿は、2021年11月に開催された第43回風力エネルギー利用シンポジウムにて発表された「複雑地形における鉛直型ドップラーライダーの観測精度に関する研究(平均化による差異と補正手法の検討)」の一部を再編集したものです。

1. はじめに

風況調査においては、風況観測塔の三杯式風速計(以下、「CUP」)と矢羽式風向計(以下、「VANE」)による従来の風況観測手法に加えて、近年は、鉛直型ドップラーライダー(以下、「VL」)による手法も一般的になってきました。2021年7月に公開された一般財団法人日本海事協会の「ウィンドファーム認証 陸上風力編」1)(以下、「NKガイドライン」)においても、風況観測塔のみで計画風車ハブ高度の2/3以上の位置で観測を行えない場合に、VL等のリモートセンシング機器(以下、「RSD」)との組み合わせ観測も可能となることが明記されています。

山間部などの複雑地形におけるVL観測については、周辺地形の凹凸が大きいと風速計測精度が低下することが明らかとなっています2)3)4)。こうしたVL計測誤差を低減する試みとして、FCR(Flow Complexity Recognition)と呼ばれる補正を搭載した機器が登場していますが、その補正効果についてはCUPやVANEの実測データを用いて十分に検証を行う必要があります。また、VLの機種によっては観測値として収録される10分平均風速・風向の平均化手法に差があり、使用する機種・データによっても結果がわずかに異なること5)も、注意すべき点となっています。

そこで、本稿では、複雑地形におけるVL観測について、FCRや平均化手法による風況計測制度による違いを定量化することを目的として、CUP・VANEによる計測データを参照した検証を実施しました。

2. 対象エリアおよび風況観測

観測地点は九州山岳部における尾根上に位置しており(図1参照)、風況観測塔とVLのデータを用いて解析を行いました。

図1 風況観測塔とVLの位置関係

表1に、風況観測塔の概要を示します。本稿では、59.6m高の2つのCUPと57.0m高のVANEで得られた10分平均風速・風向値を真値として解析を行いました。

 表1 風況観測塔の概要

表2に、VLの概要を示します。検証には、Vaisala社製のWindcube V2.1を使用し、風況観測塔におけるCUPとVANEの最高高度に合せて、57m高の風速と60m高の風向のスカラー平均、ベクトル平均、ベクトル平均-FCRの3種類の10分平均値をVL観測値として使用しました。

表2 VLの概要 

最新のWindcubeには、スカラー平均、ベクトル平均、ハイブリッド平均の3種類の水平風速データが格納されています7)。スカラー平均は、瞬時の水平風速の東西成分と南北成分を平均化時間内のサンプルで単純平均することで算出され、ベクトル平均は、東西・南北成分をそれぞれで平均することによって算出されます。また、ハイブリッド平均は、スカラー平均とベクトル平均を合成したものとなりますが、本稿では解析対象外としています。

Windcubeに搭載されたFCR機能では、観測地点の緯度経度情報から、100m解像度の地形データセットからダウンスケールした地形解析結果を基にして、複雑地形における風速を補正しています。詳細については、Vaisala社のレポート8)を参照ください。

3. 結果と考察

3.1 観測データの評価基準

CUP・VANEを真値としたVLの相関解析における精度評価指標には、NKガイドラインのうち、より厳しい1)の基準を採用しました(表3参照)

 表3 NKガイドラインで規定される風況観測塔とRSDによる観測データの相関1) 

3.2 VLと風況観測塔との比較

横軸にCUP・VANE観測値、縦軸にVL観測値とした風向・風速散布図を図2に、NKガイドラインに基づいたVL観測値の精度検証結果を表4にそれぞれ示します。図2から、風向のR2はいずれも0.972[-]となり大きな差異は見られない結果となりました。VL風向に僅かな誤差の違いはありますが、どの平均化手法も表4のNKガイドラインの基準を満たしており、高精度に計測されていると言える結果となりました。風速のbiasは、スカラー平均が-4.86[%]、ベクトル平均が-7.65[%]、ベクトル平均-FCRが-0.85[%]となりました。このように、スカラー平均とベクトル平均は、CUPよりも風速を低く計測していることがわかります。風速については、すべての手法でR2>0.98を満たすものの、回帰直線の傾きに関してはベクトル平均-FCRのみが0.98~1.02の基準を満たしました。一方で、風向については、すべての平均手法で基準を満たす結果となりました。

以上より、本サイトにおいて、ベクトル平均-FCRの平均化手法は、ベクトル平均の風速に対して高風速側に補正され、他の平均化手法より良い相関を示すことがわかりました。

図2 横軸にVANE・CUP観測値、縦軸にVL観測値((a)スカラー平均、(b)ベクトル平均、(c)ベクトル平均-FCR)とした(上段)風向と(下段)風速の散布図  ※図内の灰線は回帰直線であり、左上部に統計量を示す

表4 風速と風向の精度検証結果

3.3 VL風速の方位別の検証

複雑地形における風況観測の場合、風の上流側に位置する地形に起因して、観測した風速の精度が落ちることが考えられます。そこで、VLによる風速観測値の精度を風向別に評価するために、横軸にVANE風向、縦軸にCUP風速に対するVL(スカラー平均、ベクトル平均、ベクトル平均-FCR)風速の比とした散布図を図3に示します。スカラー平均とベクトル平均については、いずれの風向においてもビン平均値が1より低い値を示しています。一方で、ベクトル平均-FCRについては、風向ビン平均値が0°、180°付近で1より低く、90°、270°付近で1より高い値を示しており、明確な風向依存性が確認されました。これは、本サイト特有の現象なのか、あるいは平均化手法に基づくのかについて、今後さらなる検証が必要であると考えています。

図3 横軸にVANE風向、縦軸にCUP風速に対するVL風速((a)スカラー平均、(b)ベクトル平均、(c)ベクトル平均-FCR)の
比とした散布図

4. まとめ

複雑地形におけるVL観測について、スカラー平均、ベクトル平均、ベクトル平均-FCRデータの精度検証を行った結果を以下にまとめます。

(1) NKガイドラインに従い、VANEとCUP観測を検証値として、VLの風向・風速観測値の精度を評価した結果、風向はすべての平均化手法で、風速はベクトル平均-FCR手法のみ基準を満たしました。

(2) VL観測値のうち、スカラー平均とベクトル平均の手法は風速が過小評価となり、複雑地形の影響に起因して観測誤差が生じたと判断されます。この結果により、NKガイドラインの基準を満たすためには、VL観測値に何らかの補正を施す必要があると考えられます。

(3) ベクトル平均-FCR手法は、ベクトル平均に対して風向に依存した補正が施されていることが確認されました。これにより高風速側に補正され、本サイトにおいては他の平均化手法より良い相関を示す結果となりました。

参考文献

1) 一般団法人日本海事協会、 2021: ウィンドファーム認証 陸上風力編(KRE-GL-WFC01、Edition:Oct2021)

2) 水戸俊成、小長谷瑞木、加藤秀樹、大澤輝夫、辻拓未、嶋田進、2018: 鉛直照射型ドップラーライダーを用いた風況観測の精度に関する考察、第40回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, pp.191-194.

3) 水戸俊成、小長谷瑞木、加藤秀樹、2019: 平坦地形における鉛直照射型ドップラーライダーを用いた風況観測の精度に関する考察事例の紹介、日本風力エネルギー学会誌 第43巻2号, pp.193-196

4) 水戸俊成、小長谷瑞木、加藤秀樹、嶋田進、田中久則、2019: 無電源地域や複雑地形におけるドップラーライダーを用いた風況観測の実績と課題、第41回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, pp.199-202.

5) WIND GUARD、 2018: Observed Reduction of Sensitivities of Windcube Measurements by Vector Averaging、 Workshop on Vector Averaging Versus Scalar Averaging

6) IEC 61400-1(ed-4.0): 11.2 Assessment of the topographical complexity of the site and its effect on turbulence

7) Andrew Hastings-Black、 Principles of Hybrid Wind Reconstruction、 Lidar without limits: Innovative WindCube® enhancements for wind energy、 Vaisala Webinars

8) Leosphere、 Windcube FCR measurements、〔https://windweb.leosphere.com/windweb/assets/supportDoc/Windcube%20FCR%20measurements%20-%20detailed%20presentation%20(rev1.2).pdf〕(最終検索日 : 2022年 9 月21日)

9) Annette Westerhellweg、 Philippe Beaucage、 Nick Robinson、RSD correction for complex terrain effects with the linear wind flow model WindMap、2021-09-08 Wind Resource Workshop WindEurope