FOMアカデミーが人材育成に賭ける理由

日本の風力発電事業は、欧州に比べてまだまだ発展途上の段階にあります。今後、この分野が発展していく中で、大きな課題となるのが人材不足です。そのような状況の中で、福島に風力発電専門トレーニング施設FOMアカデミーが設立されました。当施設では、風車メンテナンスを中心としたO&Mの人材教育に力を入れています。

この記事では、FOMアカデミーを運営する一般社団法人ふくしま風力O&M(Operation & Maintenance)の菅野辰典さんと吉田敏光さん、そしてレラテックメンバーで、風力発電業界の未来について語りあいました。

FOMアカデミー設立につながった縁と想い

吉田 小長谷さん、水戸さんと、菅野さんは、レラテックさんが創業される以前からの知り合いだと聞きました。

小長谷 菅野さんと出会ったのは、私と水戸が前職にいた頃です。FREA(産業総合技術研究所 福島再生可能エネルギー研究所)と「エネルギー・エージェンシーふくしま」のご紹介でご一緒することになり、ドップラーライダー観測にかかる施工作業を菅野さんの所属する誠電社にお願いしました。

菅野 誠電社は鉄道電気設備のメンテナンスと工事を主軸に、電気と通信に関するさまざまな業務を行っています。経験値はいろいろありますし、面白そうだと思って引き受けました。設置場所も会社から車で1時間ほどのところでしたから、まあ大丈夫だろうと思っていましたが、観測場所があまりに山奥で驚きましたね。冬季のメンテナンス作業時には大雪になって社員3人と連絡が取れなくなったこともあって、遭難したのかと慌てました。あれは思い出深い仕事でしたよね。

水戸 そうですね。あれからもう数年来の付き合いですよね。あのプロジェクトは今もまだ続いていますし。

小長谷   吉田さんはゼネラル・エレクトリック(GE)社で17年間風車のメンテナンスに携わっていたそうですが、どの時点でFOMアカデミーの運営に加わったのですか?

吉田 ここに作ると決まった頃ですね誠電社が福島で風力発電事業を起ち上げたいと考えていることは、菅野さんから聞いていました。それなら、トレーニングセンターがないと福島の事業として根付かないよねという話をしまして、もし何か困ったことがあったらアドバイスするからいつでも聞いてと言っていたのです。そうしたらある日、「トレーニングセンターやるために、学校買っちゃいました」って菅野さんから連絡がきて……その行動力に驚きました(笑)

小長谷 かなり動きが早いですね。菅野さんは最初から廃校になった学校の物件を探していたんですか?

菅野 GWOの基準に準拠したトレーニングを提供するには、高所訓練施設のハシゴに高さや強度の規定があって、それを満たす屋根のついた建物を探す必要がありました。最初は、企業の倉庫や工場を狙って探していたのですが、なかなかいい物件が見つからなくて。その後、学校の体育館なら基準を満たすということに気づきました。そこからは学校も候補に入れて探すようになりました。

水戸 この校舎は本当にきれいですよね。体育館も大きいですし、トレーニング施設としての条件にぴったりですね。 

FOMアカデミーの廊下の様子

FOMアカデミー訓練設備の見取図

菅野 この物件を見つけたとき、私たちも同じように思いました。社長も即決で、誠電社で買うことになりました。まだ新しい校舎で価格もかなり高かったのですが、部屋ごとにエアコンがついていますし、耐震工事も必要がなかったので、トータルでは良い選択だったと思っています。

人のためになることを。大手風車メーカーを辞めてアカデミーに専念

小長谷 施設の設計には吉田さんも最初から関わったのでしょうか。

吉田 そうですね。どういう訓練施設や機材が必要なのかということや、大体の間取りのようなものは伝えていました。当時はまだ風車メーカーにいたのですが、ある日、FOMアカデミーの仕事が面白そうだなと思って、急にスイッチが入って、人事の人に「会社を辞めます」というメールを書きました。もちろんいきなりその日から辞めるのではなく、半年後に辞めるという話ですが。

菅野 それを聞いて、今度はこちらが慌てました(笑)。もっと徐々に引き込んでいく予定でしたから。でも、吉田さんの決断のおかげで集中してFOMアカデミーを作ることができ、短期間で形にすることができました。

水戸 なぜスイッチが入ったんでしょうか?

吉田 コロナにかかって隔離病棟に入院したことがきっかけかもしれません。1日入院が遅かったら死んでいたかもしれないと医者に言われて、初めて死を意識しました。人はいつかは必ず死ぬわけですが、どうせ死ぬなら何か人のためになることをやっておこうと思ったのです。メーカーでの仕事ももちろん重要で、嫌になったというわけではありません。社内でも人材育成を行ったり、社外の人材を探すこともしていましたが、それでも現状のままでは将来の担い手が足りなくなってしまう。それで、育てることに専念して、技術者を増やそうと思いました。

水戸 もう少し大局的に考えると、風車業界を担う人材が増えれば、福島や日本全体だけでなく風車メーカーにもメリットがありますね。

吉田 そうなんです。メーカーにいたときも社内の人材育成だけでなく、社外で人材探しなどを担当していましたが、風車の経験者が日本には少なすぎて本当に難しい状況でした。将来、福島で風力発電事業が本格化したときに、技術者を海外や県外から連れてくるのではなく、できる人がそれなりにいる土壌を作っておくことは風車メーカーのためにもなると考えています。よく聞かれますけど、風車メーカーが嫌になってやめたわけではありませんから(笑)

5日間のトレーニングの意義とFOMアカデミーの使命

水戸 FOMアカデミーのトレーニングは5日間ですが、同じGWO認証施設でも3.5日間で終わる施設もあります。その違いは何でしょうか?

吉田 GWO-BSTのトレーニングコースには以下の4つのモジュールがあります。

  • First Aid(FA)初期応急処置
  • Manual Handling(MH)マニュアルハンドリング
  • Fire Awareness(FAW)火災予防と消火
  • Working at Height(WAH)高所作業

このうち、高所作業とマニュアルハンドリングを合体させてコンビネーション版を作ることもできます。そうすると時間が圧縮されるので、3.5日のコースが可能になるのです。最初、FOMアカデミーも3.5日のコースにしようという話も出ていました。しかし、僕は反対しました。

菅野 お客様、つまり、研修所に社員を送り込む企業側としては、なるべく短い期間でやってほしいというニーズがあります。それで私は、3.5日がいいと考えていたのですが、吉田さんからマニュアルハンドリングの重要性を説明してもらって、最終的には納得しました。

吉田 マニュアルハンドリングは、手作業にともなう怪我や事故のリスクを減らすための研修なのですが、日本ではわざわざトレーニングをする文化がありません。しかし、私は非常に重要な項目だと考えています。

現場では重い荷物を持つ機会がよくありますが、風車の中には3人ほどしか入れないので、無理してでも運ぼうとしてしまう。実は風車業界の引退理由として多いのは、腰痛と膝痛なんです。若いときに腰や膝を痛めてしまうと、40代くらいになって無理が効かなくなってしまいます。

菅野 それに、3.5日ではやはり全体的に駆け足になってしまいますしね。幸い、福島には関東や中部からも近いという地の利があります。研修の初日の月曜日の朝に家を出て、最終日の金曜には家に帰れます。前泊する必要がないので、移動や宿泊を含めた拘束時間としては、そこまでの負担はないかなと考えています。その分、できるだけ楽しく、できるだけいろいろなことを覚えて身につけて帰ってほしいです。

小長谷 今後、日本に風車メーカーや発電事業者などの海外プレイヤーがどんどん入ってくるようになると、これまでは国内の基準で通用していたのが、GWOをはじめとした世界標準のトレーニングを受けていないと通用しなくなると思います。私たちも風況だけでなく、O&Mの視点から風車全体のことを学んでいくことが重要だと考えているので、今年か来年には再来して研修を受けたいと思っています。

菅野 ぜひ、お越しください。

水戸 将来的な研修プログラムとして、洋上風力発電を意識したトレーニングを増やしていくことは考えていますか?

菅野 洋上風力は今後どんどん発展していく重要な分野だと思っていますが、FOMアカデミーでは当分は扱う必要がないと思っています。というのも、福島に関しては、洋上風力はまだ先のフェーズになると予測しているからです。洋上風力に特化したことをやるなら、九州や秋田や青森の方が地の利もあるし、現場の声も入りやすい。ですから、当社ですべてを担う必要はなくて、陸上を中心とした風車メンテナンスを丁寧に学べる場所になればと思っています。各トレーニングセンターが、それぞれ得意なところを伸ばして尖っていくのがいいと考えていますね。

吉田 今、他のセンターとの連携も進めています。FOMアカデミーは陸上風車のメンテナンスに必要な基礎的なトレーニングを提供しますが、他の技術も身に付けたい人がいれば他の施設を紹介する。例えば、風況調査を学びたいという人がいれば、レラテックさんを紹介すればいいわけです。

小長谷 それはいいですね。今レラテックは神戸大学と共に、青森県むつ小川原風況観測サイトを起ち上げているところです。そこでは、風況調査用のリモートセンシング機器の精度検証を行うのですが、施設を一般利用者にも開放する予定です。そういったニーズがあれば紹介してもらって、逆に、風況以外を学びたい人たちをFOMの施設にご案内したりと、相互関係の良いネットワークができるといいですよね。

本日は高所トレーニングの体験をしましたが、デッキ部は風車ナセル内部を模した作りになっているのが印象的でした。さらに、色々な風車メーカーの特徴を取り入れているので、実際の現場をよく考えられた作りであると感心しました。

水戸 そうですよね。高所トレーニング以外にもさまざまなトレーニング機材や講習部屋を見学しましたが、例えばフルハーネスの使用前確認の実習のために、実際に現場で使われていた不具合のある物をあえて持ち込んで、受講者にどこに異常があるかを探させるなど、より実践向けの工夫があったのが面白いと感じました。また、資料なども日本語と英語バージョンがモニターに投影されていて、海外から来た技術者も同時に受講ができるように、細部まで丁寧に作り込まれているのが印象的でした。

小長谷 本日は風力発電のO&Mについてさまざまな意見交換ができて、大変参考になりました。これから日本の風力発電市場が健全に成長できるように、協力をしながら風力業界を発展させていきたいですね。

菅野 本当にそう思います。そして、次回はぜひ5日間のトレーニングをご一緒しましょう。お待ちしています!

 (構成/寒竹泉美 編集/佐々木久枝)

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