福島に誕生したFOMアカデミーの挑戦
福島駅から車で30分走ると、のどかな景色の中に看板代わりの巨大な風車のブレードが現れます。風力発電専門のトレーニング施設、「FOMアカデミー」です。廃校となった小学校を利用して設立され、2022年6月に開校しました。
現在、FOMアカデミーは予約が途絶えることがない人気施設になっています。一体、どのようなトレーニングが行われているのでしょうか。
レラテックの小長谷と水戸が訪問し、FOMアカデミーを運営する一般社団法人ふくしま風力O&M (Operation & Maintenance) アソシエーションの菅野辰典さんと吉田敏光さんに話を伺いました。
日本の風力業界を担う人材が圧倒的に足りない現状
風車のメンテナンスは、高所や狭い空間での作業を伴い、常に危険と隣り合わせ。安全に業務を遂行するためには、正しい知識をもち、適切なトレーニングを積んで、いざというときに自分自身や共に作業している仲間の身を守れるように準備をしておく必要があります。
GLOBAL WIND ORGANISATION (GWO)は、風力発電業界の事故防止を支援するために設立された非営利の国際組織で、多くの関連事業者によって構成されています。GWOは、基礎安全訓練の基準である「GWO-BST」を定めており、その基準を満たすトレーニングを提供する施設をGWO認証施設として認定しています。FOMアカデミーは日本国内で4つしかないGWO認証施設のひとつです。(2023年4月現在)
福島にGWO認証施設を設立した理由を、菅野さんは次のように説明します。
「福島は2040年までに県内の需要電力をすべて再生可能エネルギーに変えるという目標を掲げ、特に風車の設置に力を入れています。現在、福島にある風車は約100基で(※2023年4月時点)、北海道や青森、秋田と比べると3分の1~2分の1の規模ですが、今後5年程の間にこれらの道県に匹敵する数まで増える予定です。風車だけが急速に増加すると、それを管理できる人材は現状のままでは確実に不足します。せっかく福島に生まれた産業を、このままでは県外の人が担当することになります。それでは残念だと思いました」
FOMアカデミー設立の中心人物のひとりである菅野辰典さん
風車は一度建てたら20年は稼働し続けます。技術トレーニングを受ければ、風車のメンテナンスに関わる業務を長期間、安定して担当することができます。問題や何かがあったときにも県内に住んでいればすぐに駆け付けることができ、福島在住であることは大きな強みになるのです。
ただし現在は、県内よりも県外からの利用者がまだ多いそう。東京からのアクセスがよく、日本初の「一般開放型」の施設であることが強みの一つとなっています。
「これまでの風力発電用の安全トレーニング施設は、風力発電事業者やメンテナンス会社が、その社内での教育を目的として設立され、利用されてきました。それらの施設も現在は少しずつ外部にも開放され始めていますが、FOMアカデミーは初めから一般開放型という位置づけです。新たにこの業界に参入してくる人や学生さんも含めて、さまざまな人にトレーニングの機会を提供しています。今後、福島県だけでなく、日本全体で風力発電を担う人材が大量に必要となってきますので、私たちはFOMアカデミーを風車の専門家を育成する場として、誰でも学べる環境にしたいと考えています」
GWOのJakob CEOがFOMアカデミーを訪問見学した時の写真。Jakob CEOは同施設を視察し、
研修用設備や教育環境の面から、世界ナンバーワンに匹敵するだと評価した
コロナ禍で行われたハードな合宿研修
研修施設を運営するためには、トレーナーを養成する必要があります。そのために、FOMアカデミーと提携している台湾のトレーニング施設から講師を招聘して、研修を行う予定でした。ところが、コロナ禍で講師が来日できなくなり、急遽ウェブ合宿となってしまいました。
「約1か月の予定を2週間に短縮した、かなりハードな研修を行いました。パソコン画面を介して、講師が英語でトレーニングごとの重要ポイントをレクチャーしてくれるのです。研修時間は8時間から9時間にも及びましたね。本当にハードでしたが、楽しかったです。その後コロナの厳しい時期が明けたら、すぐに講師に日本に来てもらって、実技を教えてもらいました」
菅野さんとともにインタビューに応えてくれた吉田さんも、FOMアカデミーの主要メンバーです。吉田さんはもともと世界的な風車メーカーに勤め、数々の風車のメンテナンスをこなし、社内研修も担当してきました。そんな経験豊富な吉田さんにとっても、GWO研修は学びが多いと話します。
「GWOには世界中から災害や事故の事例が集まってきます。それらを分析して安全対策を常にアップデートしているのです。日本や一企業の中だけでは得られない情報ですね」
風車のメンテナンスの経験が豊富な吉田敏光さん
講習中には、吉田さんは自身の豊富な経験から、危なかった事例を受講者たちに共有します。実際に起きた事例や体験談のエピソードは、受講者たちをよりいっそう真剣な表情にします。
「トレーニングというのはどこで受けても同じかもしれません。当施設で心がけているのは、来てくれた方に『楽しい』と思ってもらうこと。ここでは授業中であっても笑い声が起こることがあります。私たちも、台湾人のインストラクターから習ったときに結構楽しかったのです。しんどかったけれど、楽しかった。そう感じてもらえたら嬉しいですね」
学校の校舎でGWOトレーニングを学ぶ
実際の施設の中を見せてもらいました。木の温もりを感じられるきれいな校舎が印象的です。1996年に建てられ、2017年に児童数減少のために廃校となったため、校舎はまだ新しく、大きな改装をすることなく使用しているのだそう。
廊下から教室を覗くと、ファーストエイドの講習が行われていました。けがや病気の判断、AEDを含む救命処置など、初期応急処置の基本的な知識と技能を学ぶ講習です。外国人の受講者も多く、講習は日本語と英語のハイブリッドで行われています。
ファーストエイドの講習の様子
風力産業に関連するさまざまなツールを展示した教室もありました。日本ではなかなか入手できないものも、海外から取り寄せて展示しています。
風車の装置の実物を展示している部屋で。菅野さんとレラテックメンバー
場所を移動して、体育館へ。ここでは高所作業のトレーニングが行われます。
体育館に設置された高所訓練施設
レラテックメンバーも体験させていただきました。
安全装置を装着します。
レクチャーする吉田さん
命綱をつけて梯子を上っていきます。
地上から10mの高さでレクチャーを受けます。
訓練は10mの高さで行われますが、実際の作業は80mやそれ以上の高さで行われます。さらに高所では強風も吹きます。トレーニングでは、そうした状況でけが人が出たときの対処方法を学びます。
女性でも怪我をした大人を引き上げることが可能な器具の仕様説明をする、同施設のインストラクター。
以前は結婚式場で働いていたそう。
日本の技術の基礎を支えて底上げしたい
大型風車の製造は、現在国内では行われていません。そのため、今後は海外の風車を購入して運用することになります。その場合に風車をメンテナンスする人は、海外の風車メーカーのルールに準拠する必要があるため、GWOのトレーニングを受けていることが必須条件になります。
しかし、それらのトレーニングを自社で行えば、多くのコストと手間がかかります。
「トレーニングをアウトソーシングする文化が日本に根付けば、この産業の発展はもっと加速します。このアカデミーがそういう場になれば嬉しいですね」(菅野さん)
実機を使った模擬訓練も行われる
校庭には風車の実機が子どもの遊具に混じって置かれています。先々週にFOMアカデミーを一般開放して、校庭にキッチンカーを呼んでイベントを開催しました。子どもたちが興味津々な様子で風車を眺めていたのが印象的だった、と菅野さんは振り返ります。
「子どもたちが校庭で遊び、その横に風車があって、大きくなったときにあれは何だったのかと思い出してくれて、そういう体験の中から風力業界に興味をもってくれる子どもが出てくるといいなと思っています。現在は1階も研修に使用していますが、将来的にはここに喫茶店や常設の展示室を設けたいと考えています」
高専の生徒や大学生向けのセミナーも行っていると、吉田さんも続けます。
「風力は新しい産業なので、若い人や学生さんにどんどん興味を持ってもらって参入してきてもらいたいなと考えています。そして、ここ福島で新しい仕事が作り出され、多くの雇用が生まれたらいいですね。当施設もこれまで風力とまったく関係ない業界にいた人でも積極的に採用しています。男女関係なく、さまざまなバックグラウンドを持つ人が活躍していますので、少しでも興味を持たれたら気軽に施設に見学に来てくれると嬉しいです」
(構成/寒竹泉美 編集/佐々木久枝)
後編:風力業界の未来を語る~FOMアカデミーが人材育成に賭ける理由~はこちらから