再エネ先進国デンマークに学ぶ



再エネ先進国デンマークに学ぶ。 日本の洋上風力発電の未来(後編)

洋上風力発電分野のトップランナーとして、世界の国々をけん引するデンマーク。デンマーク大使館の商務官(環境・エネルギー担当)である田中いずみさんとレラテックのメンバーが、日本の洋上風力発電の未来について語り合いました。 (前編はこちら) クリーンなエネルギーを自ら選んだデンマークの人々 見﨑 デンマークが再生可能エネルギーに大きく舵を切ったのはいつからでしょうか。第一次オイルショックのときから、原発に頼らないエネルギー政策を進めてきましたよね。現在デンマークには、原子力発電所は一基も存在しません。 田中 実はオイルショックのときには、デンマークでも原発を導入するかどうかの激しい議論が起こりました。導入を主張する人たちもおり、世論は2つに割れました。そこで政府は原子力発電の推進派と反対派の意見を取り入れた冊子を出版し、国民に意見を求めたのです。その結果、本を読んでメリットとデメリットを理解した国民の多くが導入に反対、デンマークは原子力に依存しない社会を構築することに決めたという経緯があります。 小長谷 冊子を出版して意見を求めるというのは面白いですね。 田中 そうですよね。デンマークは話し合いが好きな国民性だからかもしれません。お互いの意見を聞いて、そこから議論して決めようとするのです。 見﨑 オイルショック以前は、化石燃料が99%を占めていましたが、2020年には電力に関しては発電量の再生エネルギーが7~8割を占めるようになりました。またエネルギー全体を見ても、再生エネルギーが35%になりました。再エネに舵をきってから順調に目標に近づいていますよね。 田中 実はデンマークでは、2050年にはエネルギー全体の再生可能エネルギーが占める割合を100%にするという目標を掲げています。ですので35%という数値はまだ途上段階ですが、確実に目標には近づいていると思います。特に炭素燃料から完全に脱却する「脱カーボン」は、エネルギー問題だけでなく、気候変動の問題の解決にもつながる目標です。デンマークとしてはこれからも真摯に取り組んでいきたいと考えています。 見﨑 デンマークという国は、選択と集中が上手い国だと聞いたことがあります。国内市場があまり大きくないという環境で、何を武器にしていくかという選択が迫られたときに、これからは風力をはじめとする再エネ分野に集中していこうと決めた。その決断を国を挙げて進めたことで、今のデンマークがあるのだと、田中さんのお話を聞いて感じました。 ――デンマークの経験や知見から、日本が実践できそうなことは何かありますか? 田中 デンマークと日本では、人口の規模も地形や自然環境も違います。ですが、マインドの部分については参考になるかもしれません。具体的には、エネルギーシステムを包括的にとらえて、いかに効率的なシステムを構築していくかという考えを持つことです。「何を効率化するのか」という点では、エネルギーや地球環境という側面からの効率はもちろん大切な要素ですが、それだけではなく、最終的にお金を払う消費者のことを考えた経済的なエネルギー効率が重要かと思います。 出典 日本語版デンマーク風力発電白書 見﨑 包括的なエネルギーシステムを構築することは、両方の観点からも、より高い効率でシステムを提供できますね。 田中 そのとおりです。政策や企業など、エネルギーに関わっている方々のマインドセットが変わると、そこから派生する取り組みがいろいろあるんじゃないかなと思います。 小長谷 日本には、風車の建設に反対する人や、ネガティブな思いを抱く人もまだ多くいます。デンマークはどうでしたか? 田中 もちろんデンマークでも、最初は反対する人はたくさんいました。 小長谷 そこはどうやって解決していったのでしょうか? 田中 陸上風力に関して言えば、初期の頃は、風車が建つ場所の近くに住む人が、風車に対して一定の権利を持つという制度がありました。共同で風車のオーナーになるのです。風車が発電して収支がプラスになったら、オーナーたちに還元されます。風車が立つことでメリットが発生する仕組みです。今はもうなくなってしまった制度なのですが、長い間このような取り組みが行われていました。また、風車が建てられることで土地の価格が下がるようなことがあれば、きちんと補填します。これまでの生活と何か変わってしまうことがあればそこも補償します。 健康への影響に関しては研究も進められています。デンマークでは2014年から2019年にかけて55万3千世帯を対象とした5年間の科学的調査が行われました。風車からの騒音と、糖尿病、心血管疾患、出産時の有害事象、抗高血圧薬の影響、心筋梗塞、脳卒中、睡眠薬や 抗うつ薬の影響のリスクとの関連性を調査した結果、デンマーク保健局は、風車からの騒音と調査された症状との間に直接的な関連はないと結論づけました。 小長谷 洋上風力はどうでしょうか? 田中 洋上の場合は人が住んでいるところから遠い場所に風車を建設しますので、陸上風力のような問題は発生しにくいですね。また漁業に関しても、現在は風車の大型化も進み、風車と風車の間隔が結構広いので、建設中はともかく運転開始後は漁業を営むことができます。そのため新たに漁場ができている例もあります。ただ、大がかりな引き網をする場合は漁ができなくなってしまうので、漁業の方法によって補償があります。 新しいプレーヤーが産業を活性化する ――グリーン・エネルギー分野にて活躍するお二人、田中さんと小長谷さんの出会いは空港だったとか。 田中 初めて小長谷さんにお会いした場所は、デンマークのコペンハーゲンの空港でした。それも約束をしていたとか、仕事で一緒になったとかではなく、たまたま同じ飛行機に乗っていたのです。 小長谷 レラテックを立ち上げる前でしたね。当時の私の同僚が、たまたま田中さんの大学院の同窓生でした。その方と田中さんが話していて、その流れで私も紹介をしていただきました。 田中 長いフライトでお互いぐったりしていましたよね。 小長谷 そうそう。その出会いから仕事でご一緒する機会が増えましたね。先ほど「ゾーニング」の話が出てきましたが、風力発電所を導入するときに注意すべき点などについて海外の事例を含めて紹介し、自治体の方などに理解を深めてもらうための勉強会を開催した際には、ゲスト講師として田中さんに登壇いただいたりもしました。 田中 デンマークやヨーロッパでゾーニングをどうやって進めているのかということや、それをやることで何が解決して、スムーズになるのか。そんな話をさせてもらいました。あとは、風力発電が導入された後の社会がどうなるのか、という話などもして、デンマークの事例を紹介しましたね。 ――最後に、田中さんが今後レラテックに期待することを教えてください。 田中 日本は世界と比べるとベンチャー企業が少ないです。そういう中で、エネルギー分野でベンチャー企業を起こして、新しいプレイヤーとして活躍してくれることは産業の活性化に繋がります。ですので、レラテックを起業された意義はとても大きいと思っています。 小長谷 デンマークがまさにそうなのですが、風力発電事業は裾野が広いですよね。自動車産業が部品、素材、加工など多くの分野の産業によって成り立っているのと同じように、風力発電所を建設するためにたくさんの事業が生まれます。 田中 新しいプレイヤーが入ってきて、そのプレーヤーが成功することで、産業自体が盛り上がります。ぜひ風力発電の拡大に向けてがんばってもらって、エネルギー業界を盛り上げていただけたら嬉しいなと期待しています。 小長谷 ありがとうございます。 *鼎談は十分な距離を取り行っています。マスクは撮影時のみ外しています。  (構成/寒竹泉美 編集/佐々木久枝)  

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再エネ先進国デンマークに学ぶ。 日本の洋上風力発電の未来(前編)

デンマークは、グリーン・エネルギー分野において世界の最先端を走ってきました。その主軸となるのが風力発電です。陸上風力発電の普及に加え、1991年には世界初の商業用洋上風力発電所も建設されました。 2020年には、国内の電力総消費量の46%以上が風力発電でまかなわれています。 デンマークはどのようにしてクリーンエネルギーの先進国になれたのでしょうか。そして、日本の風力発電業界はこれからどう発展していくのでしょうか。デンマーク大使館の商務官(環境・エネルギー担当)である田中いずみさんとレラテックのメンバーが、東京・渋谷にあるデンマーク大使館で語り合いました。   国内だけでなく国外にも再エネの技術を活かすデンマーク ――田中さんはデンマーク大使館の商務官として、どのようなお仕事をされているのでしょうか? 田中 日本との交流を通して、デンマークの経済発展の促進を図る仕事をしています。例えば、デンマーク企業の日本進出を助けたり、既に日本に進出しているデンマーク企業に対して事業拡大のお手伝いをしたりします。また、日本とデンマークの経済協力について、政策対話を行うこともあります。商務官にはそれぞれ担当分野がありますが、私の担当はエネルギー・環境分野です。日本ではまだ普及していない、デンマークの再生エネルギー技術などを紹介していくことも大切な仕事のひとつです。環境や再生エネルギーに興味をもっている日本の事業者にデンマークの事例を紹介することで、デンマークの企業が進出するための足場を作ることにもつながります。小長谷 今年(2022年)の3月には「日本・デンマーク間のエネルギー協力覚書」が締結されましたね。田中 はい。日本の経済産業省とデンマーク王国エネルギー・ユーティリティ・気候省によって締結されました。これからデンマークは、今まで以上に日本との協力関係を強化していきます。特に洋上風力発電の知識や技術を共有し、日本の風力発電の発展、および再生可能エネルギーの大量導入を可能とするエネルギーシステムの構築をサポートしていきます。 実はデンマークがこのような覚書を結んだのは、日本で19か国目です。デンマークは人口590万人ほどの国ですから、二酸化炭素の排出量も多くはありません。ですから、自国だけで温暖化ガスの排出削減に取り組んでも、地球環境へ良い影響を与えることはできないのです。デンマークとしては、他の国と協力関係を結び、これまで国内で培ってきた技術と経験を共有することで、温暖化ガスの削減に貢献したいという思いがあります。 ――今の日本のエネルギー業界をどのように見ていますか?田中 2020年10月に日本政府が「2050年カーボンニュートラル宣言」を発表したことで、人々の意識が大きく変わったと思います。これを機に脱炭素への取り組みが本格化しました。さまざまな企業が真剣に取り組むようになって、エネルギーに興味を持つ人の人口も大幅に増加したと感じます。この分野に長く携わってきたので、現在の状況は喜ばしい限りです。小長谷 風力やエネルギーについて、これまであまり関わりのなかった企業も多く参入してきて、プレイヤーの裾野が広がりましたね。この業界に長く携わってきた立場からすると、宣言の前から風力業界はわりと盛り上がっていると思っていました。しかし宣言後の盛り上がりを見てあれはまだまだだったんだなと実感しました。田中 日本風力発電協会の会員者数も宣言後に約500社と大きく増えています。見﨑 デンマークは2011年に「2050年エネルギー戦略」を公表して、2050年までに完全に化石燃料から脱却することを示しました。宣言後のデンマークはどのように変わったのでしょうか。これからの日本を考えるうえで、デンマークの事例をお伺いしたいと思いました。 田中 デンマークの場合は「2050年エネルギー戦略」が出される前にも、2009年のCOP19(第15回気候変動枠組条約締約国会議)で議長国を務め、高い目標を掲げていました。ですから、日本ほどの大きなインパクトはなかったと思います。ただ、国が2050年という長期の目標を打ち出したことによって、安心して温暖化対策に投資できるようになったと企業の方が話しているのを聞きました。日本でも2050年までの目標が宣言されたことで、同じように温暖化対策への投資や業界に参入するきっかけができるのではと思っています。 デンマークの海洋空間計画 出典 Danmarks Havplan ――デンマークと比べた今の日本の課題は何でしょうか。田中 洋上風力に関してはゾーニング(*)が国主体ではなく、地方自治体が主体になっていることが挙げられると思います。地方自治体が主導することが悪いわけではないのですが、他国に比べると、どうしてもプロジェクトの規模が小さくなってしまいます。 ※ゾーニング法的規制・生態系等の環境面、地域理解等の社会面、施工環境等の事業性を総合的に評価して、環境保全を優先すべきエリア、風力発電導入が可能なエリア等に分けること。 小長谷 秋田県の由利本荘市沖に計画されている発電所の規模は780MWですが、300とか400とかの小規模の発電所が多いですよね。一方他国を見ると1000MWの発電所も出てきています。 田中 デンマークでは政府のエネルギー合意の中で、2018年から2020年の間に少なくとも3か所に2GWの発電所を導入すると決めています。それは政府主体の海洋空間計画がベースになっています。日本もこれから集中管理していく方法を検討していくと思いますが、現状、これは課題のひとつだと思います。デンマークでは発電所の候補について地域の人たちの声を早い段階で吸い上げて、海洋空間計画に組み込む。そのうえで国が主導して適地を定義していく、というやり方をしています。 余剰電力を無駄にしない、デンマークの地域熱供給システム ――2020年、風力発電と太陽光発電を足したデンマークの発電量は、全体の電力消費の50%を超えました。発電量の変動が大きいエネルギー源で、ここまでシェアを伸ばすことができた理由は何でしょうか。田中 大きな理由として、電力だけでバランスを取ろうとするのではなく、熱、ガス、ガソリンといった、他のエネルギー媒体と合わせて包括的に運用していくシステムが挙げられます。例えば熱に関していえば、デンマークでは給湯や暖房のための温水を断熱パイプで運ぶ、地域熱供給システムが活用されています。これは工場や廃棄物からの排熱、ごみ焼却炉の熱なども活用しながら、必要なときに必要な場所に熱を供給して、住宅の暖房や給湯に用いることができるシステムです。風力発電で発生した余剰電力も温水に変えてしまえば、無駄なくエネルギーとして活用できます。 見﨑 余剰電力ですが、風力発電は時間帯や風の強さによって得られる電力が、供給より多くなるときがありますよね。その変動をどうするか。近隣の国へ電力を輸出するという方法もありそうですが、ヨーロッパのように風力発電が盛んな地域では、発電量が余剰になるタイミングが重なってきます。例えばデンマークで風が吹いていたら、ドイツの北の方でも風が吹いているので、輸出はなかなか難しいところがあるかなと思います。 田中 風力発電や太陽光発電の最大の課題は、出力を調整できないことです。余剰電力を電池に貯めることもできますが、地域熱供給システムは電池の代わりを担うことができます。電気を使って温水を作り、それを大きな断熱タンクや池のような蓄熱曹に溜めることによってコストをかなり抑えられます。その温水を必要なときに地域熱として供給していくことで、ある意味、このシステムが電池の役割を果たすのです。地域熱供給に関しては、デンマークでは1903年から取り組まれてきましたが、風力発電や太陽光発電のような変動が多い再生可能エネルギーの調節弁としても、有効なシステムです。小長谷 確かに、エネルギーシステムを包括的に捉えた仕組みが日本に普及できれば、再生可能エネルギーの導入がさらに進めやすくなりますよね。(後編に続く) *鼎談は十分な距離を取り行っています。マスクは撮影時のみ外しています。 (構成/寒竹泉美 編集/佐々木久枝)

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