ポイント解説! NEDO「洋上風況観測ガイドブック」前編


 

2023年4月、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)により、国内初となる「洋上風況観測ガイドブック」が公開されました。

このガイドブックでは、洋上風力発電所の事業計画や風車設計のために必須である風況調査について必要な情報が具体的にまとめられています。みなさんに有効活用をしてもらうためにも、風況コンサルタントの視点からレラテックがポイントを解説します。

国内外の最新の知見も交えながらまとめられた「洋上風況観測ガイドブック」、レラテックのメンバーは前述のNEDO事業に実施業者として関わっており、ガイドブックの作成にも協力しています。

新たに統一化された洋上風況観測の手法を知ることができるように

2050年のカーボンニュートラル宣言の達成を目指して、今、日本では洋上風力発電の計画が急ピッチで進められています。

風力発電事業を計画する際には、正確な風況調査を行うことが必要ですが、これまでは国内において、統一化された洋上風況観測手法が存在しないことが課題と指摘されていました。

風力発電のための風況観測には、風況マストと呼ばれる観測塔によって風況を直接観測する手法が基本になります。

図1 風況マストによる観測イメージ

図2 洋上風況マストの事例(左から、ドイツFINO、銚子、北九州、むつ小川原)
(出典:FINOホームページ、NEDOホームページより)

このような風況マストを洋上での風況観測に用いる場合、建設に多大なコストがかかります。また設置に際して、地元との調整や許認可手続きなどにも時間がかかって難しいのが現状です。

これらの課題を解決すると期待されるのが、リモートセンシング技術を活用した観測方法です。ドップラーライダーと呼ばれるレーザーを使った機器を使います。

ドップラーライダーについては以前の記事でより詳しくお話していますが、例えば、図3のようにさまざまなタイプのライダーがあります。

図3 風況観測手法のイメージ

洋上向けに開発されたドップラーライダー(SL、FLS)は、まだ新しく、日本で導入するには、国内の自然環境において精度検証を行い、これらを用いた統一的な観測手法を開発する必要がありました。

そこで、2019年にNEDOの「着床式洋上ウィンドファーム開発支援事業(洋上風況調査手法の確立)」において、複数の機種を用いた精度検証などを実施、観測手法の特徴や課題を把握することができるようになりました。「洋上風況観測ガイドブック」にはこれらの成果が集約されています。

注目すべきガイドブックのポイント5つー①②③

風況コンサルティングを行っているレラテックの視点から本ガイドブックにおけるポイントをご紹介します。

①洋上風況に使用可能な観測機器として、ライダーを明文化

風況観測の基本は風況マストによる手法です。その理由の一つとして、風車設計に影響を及ぼす乱流(風の乱れ)の計測に、風況マストに設置されるカップ風速計が基準になっていることが挙げられます。

前述の精度検証事業において、風況マスト相当の十分な精度が得られたことから「使用可能な観測機器」として下記のものが明記されています(表1参照)。

乱流強度のライダー計測には「DSL」、風速や風向等のライダー計測には「DSL・SSL・FLS・VL」による観測が推奨されています。

表1 発電量予測および風車設計に必要な風条件の評価項目(ガイドブック表2.1を改変)
評価項目  使用可能な観測機器※1
平均風速 MM・DSL・SSL・FLS・VL
風速出現頻度分布 MM・DSL・SSL・FLS・VL
風向別出現頻度分布 MM・DSL・SSL・FLS・VL
ウィンドシアのべき指数 MM・DSL・SSL・FLS・VL
乱流強度 MM・DSL
※1:現時点において、技術的に使用可能と判断される機器。
※2:略字は以下の通り。
MM(風況マスト)、DSL(デュアルスキャニングライダー)、SSL(シングルスキャニングライダー)、FLS(フローティングライダーシステム)、VL(鉛直ライダー)

表1によれば、ライダーを用いて乱流強度を含めた観測を行う場合には、DSLを選択することになります。しかし、レーザーが届かない沖合エリアではDSLは使用できず、FLSを活用することが想定されますが、本ガイドブックではFLSによる乱流強度計測を推奨していません。

表の※1に記載されているように、このガイドブックで取りまとめられたものは現時点における成果であり、FLSによる乱流強度計測を実用化するためには、今後さらなる検証が必須です。

とはいえ、洋上風況観測手法としてライダーが明記されたこと、さらに乱流強度の観測においてもガイドブックでDSLが推奨されたことは、大きな一歩と感じています。

②スキャニングライダー(SL)の設置基準・設定方法を示す

図4にあるように、乱流強度を含めた観測手法ではDSLを選択し、陸からレーザーが届く沿岸域の主な観測手法になると想定されています。

これまではSLを設置する際の明確な基準がなく、観測者が試行錯誤しながら設置をしていました。しかし、今回このガイドブックで初めて一つの基準が示されました。

例えば、SLを2つ置いて測定する手法「デュアルスキャニングライダー(DSL)」については、ガイドブックの16ページに”2本のレーザーがなす角度は、30°から150°の間が望ましく、90°が理想的である”と明記されています。

これまでは経験則で考えられてきており、例えば30°くらいでの運用も多く見られましたが、参考にできる夾角の範囲が示されたことで設置がしやすくなりました。

図4 SLの設置基準の事例(左)と観測概要(右)

また、付属書Aには、観測開始時に必要な「ハードターゲット調整」が記載されており、観測する際に留意すべき設定方法が具体的に記載されていることも重要です。

しかし、ガイドブックに書かれた条件の数値がすべて適切であるとは言い切れない箇所もあり、専門家に相談した上での判断が必要になる場合もあります。

例えば、18ページに”DSL による観測の仰角は、5°以内が望ましい”とありますが、陸上にDSLを配備した場合、洋上風車の上端が5°以内に収まるのは難しいケースが多いです。さらに、今後風車が大型化していくことを考えると、あまり現実的な数値ではありません。

一方で、その仰角が大きくなるほど観測精度が落ちることが確認されており、この「5°」が記載された理由となっています。今後は精度と運用の両面から、より良い基準を検討していく必要があるのではないかと考えます。

③フローティングライダーシステム(FLS)の設置手続きが明確化

日本での設置実績が比較的少ない、FLSの安全性・許認可手続きなどが示されているのも大きなポイントです。(pp.30-31、付属書D)

日本国内で実施した経験を参考に、設置工事の流れや安全性を確保するための留意事項、許認可手続きの事例(表2)などがまとめられています。

例えば、海上でブイが漂流すると、周辺への施設(船舶・漁網など)に損害を与える可能性があるため、FLS観測は一層の安全性が求められます。そのためFLSを国内に導入する際には、必ず目を通すべきパートと考えられます。

表2 FLS 設置に関する許認可手続の事例(ガイドブック表7.1を抜粋)
相手先  項目
海上保安部(署)

・航路標識設置許可申請等
・工事許可申請等

都道府県 海域占用許可申請
港湾管理者 岸壁・ヤード等港湾施設の利用

またFLSは、鉛直ライダー(VL)が持つ乱流強度の誤差に加えて、風浪による動揺の影響が加わります。そのため風況マストのカップ形風速計に比べて、計測誤差が大きくなります。

この計測誤差の定量的な把握やその補正技術に関する研究は、今後は実海域におけるFLS観測を対象に、乱流強度の計測を含めてどのような補正を行っていくかが重要になります。

この点は、レラテックが本社を置く神戸大学でもすでに取り組んでいます。神戸大学と協力しつつ、引き続き意欲的に研究を進めていきたいと考えています。

 

 

図5 FLSの動揺補正に関わる研究事例(左)と観測概要(右)(左図:浅倉ほか、2022)

前編では、ガイドブックのポイント①〜③を解説しました。

後編では、「ポイント④:事前精度検証の方法を明記」、「ポイント⑤:有効データ率とデータ欠損期間の補完方法」、さらに本ガイドブックを活用する際に注意したい点についてお話しします。

参考文献

  1. NEDO, 洋上風況観測ガイドブック, 2023, https://www.nedo.go.jp/library/fuukyou_kansoku_guidebook.html
  2. FINO1, https://www.fino1.de/en/
  3. NEDO, https://www.nedo.go.jp/fuusha/
  4. 浅倉奨之, 大澤輝夫, 麻生裕司, フローティングライダー性能評価のための陸上動揺実験(その2), 第 44 回風力エネルギー利用シンポジウム予稿集, 2022.

レラテックでは風況コンサルタントとして、風力発電のための「観測」と「推定」を複合的に用いた、最適な風況調査を実施いたします。風況に関するご相談がありましたらお気軽にお問い合わせください。